五感に訴える・・・保育園をつくる七つの原則 1
保育園は,子供たちの情感に強く訴える環境でありたいと思います。子供たちは空間を論理ではなく感覚で把握します。子供たちが,光と影,音,香り,手ざわりや足ざわり,運動感覚を通じて空間の特性を感じ取り,さらにその外の世界とのつながりに心を向けてほしいと願うのです。私たちが用いる表現の素材や形は,自然の要素を引用することがよくあります。風,水,太陽,星,そして遠くに見える山を直接的に導入します。建築的な空間とは感覚的な体験であると思います。
Blindhold walk
私たちは、しばしば建築学科の若い学生たちを集めてのワークショップを開きます。ワークショップでは、必ずと言っていいほどブラインドホールドウォークを行います。ブラインドホールドウォークとは、目隠しをして歩くことです。インストラクターに手を引かれて森の中や水辺を歩いたり、一人で草原を這い回ったりします。風が吹き、草木を揺らす音、その香り、ほほに当たる涼しさ。土の感触、暖かさ、などなど。目をふさぐことで、聴覚や触覚や嗅覚などの五感が急に敏感になるのを感じます。ほとんどの参加者がその体験による新鮮な驚きに、心を打たれます。私たちが日常、いかに視覚に支配されているかを認識し、そこから感覚が解放される自由と喜びを感じるのです。
私たちは私たちの五感を退化させてはいけません。

手触り
プヨプヨ、ふわふわ、ツルツル、すべすべ。触覚を刺激することは楽しい遊び。土、泥、水、木などの素材にふれることは大きな楽しみです。保育園という環境の様々な場所で、このような触覚を体験できるような配慮をしてみませんか。
床、壁、柱、手すり、棚、カーテン、椅子、テーブル、建具、水飲み場、遊具、いろいろな道具。これらの素材に改めて注目して下さい。自然素材を使うことが重要です。自然素材は、プラスチックなどの人工物とは違い、多様な感覚を得ることが出来ます。自然素材から得られる多様な感覚は、子供の脳の発達になくてはならないものです。皮膚感覚が無意識を落ち着かせるからだそうです。
自然素材はまた、年を経ることで美しくなる素材です。自然素材を多用した保育園は古くなるほどその魅力を増すことでしょう。

柔らかい素材
私たち日本人が長い間生活してきた空間は、「柔らかい素材」で出来ていました。木の柱、土の壁、草の床(畳)、紙の建具(障子)に囲まれて生活してきました。指でついただけで簡単に穴の開いてしまう障子、走り回ればすぐにすり切れてしまう畳、ぶつかれば崩れてしまう土壁など、壊れやすいものばかりでした。そこで人々は、膝をついて障子を開ける、すり足で歩くなどの作法を発達させたのでしょう。このような文化は現代の日本にもしっかりと残っているようです。
都市部では、鉄とコンクリートとガラスで出来たマンションに住む人も増えています。しかしその人たちも内装材にはなるべく柔らかなものを選ぶことが多いようです。柔らかい身体を包むものはやはり柔らかいものがいいのでしょう。柔らかい素材の中で生活すると、人は優しく穏やかになる気がします。
保育園は、小さな学校ではなく大きな家=生活の場だと考える人も増えているようです。また、保育の長時間化などにより生活の場としての快適さはますます期待されています。ですから、保育園の内装には「柔らかい素材」を使いたいものです。残念ながら「柔らかい素材」は、一般にコストが高めです。傷つきやすく、メンテナンスも手間がかかります。しかしそれに見合うだけの価値があるのではないでしょうか。

床の重要性
様々な制約の中で、「柔らかい素材」が使えない場合でも、床だけは何とか柔らかいものを使いたい。子供の身体と一番近い要素が床だからです。コンクリートのスラブの上に木のフローリングを直接張ってある床をよく目にします。これは木の床ですが硬い床です。子供たちは身体で床の堅さを敏感に感じ取ります。特に乳幼児にはつらい堅さです。せめてクッションを入れたコルクタイルを使いたい。理想的には下地床組をすることです。同じ木のフローリングでも、ナラやブナなどの堅木と杉やヒノキなどの柔らかい木とではずいぶん感触が違います。床を張り替えるときは現物の見本を取り寄せて検討されることを薦めます。


子供たちの笑い声、歓声、歌、そしてお昼寝時間の静けさにささやき声。聞いただけでそれと解るほど、保育園は独特の音の世界を持っています。
園舎内部の吸音がとても大切です
吸音がいいとはどういうことでしょうか。吸音とは、音を反射しないで吸収することです。室内の壁、天井、床が柔らかい材料で出来ていたり、ぽつぽつと小さな穴が一杯あいていたりすると、音は吸収されます。スタジオや放送室の壁が、柔らかいスポンジや穴あきの合板で出来ているのを見たことがありませんか?音が吸音されると、残響時間が短くなります。この場合、言葉が明瞭に聞き取りやすくなります。ですから、講演や講義のためのホールは、残響時間が短くなるように設計します。
反対に、室内の壁、天井、床が硬い材料で出来ていると、音を反射します。音が反射されると残響時間が長くなり、言葉が明瞭に聞き取れなくなります。しかしクラシック音楽のコンサートホールでは、残響時間が長くなるように設計します。歌声やピアノの音はエコーがかかって豊かに聞こえます。
保育園の園舎では、残響音を短くすることが必要です。もし、園舎の吸音が悪いと、子供たちの声が園内に反響し、とてもうるさく感じます。もっと静かにしなさいとついつい言いたくなるかも知れません。
幼児は、まだ、耳に入る音を、意味のある音と意味のない音に分けて受け取る能力を発達させていない段階です。残響時間の少ない環境の方が、この能力を発達させやすいと考えられます。
日本人が英語の聞き取りを苦手なのもこの作用に依ると言われています。母音の多い日本語を習得する過程で、英語の子音に当たる周波数の音は雑音として脳が自動的に意味のないものと判断するように習慣づけられるからです。

光と影
建築の価値を決める主役は、やはり光と影です。
光と影の微妙な違いから、人々は、移り変わる季節や一日の時間を感じ取ります。光と一緒に、雨や風や雪が建物に侵入してきます。
素晴らしい建築とは、このような時の移ろいを感じることの出来る建物です。美しい建築とは、光と影に装飾された建物のことです。
写真は北アフリカ・サハラ砂漠にほど近いリッサニと言う町の市場です。粗末な柱と梁の上によしずを載せただけの空間ですが、砂漠地方の強烈な太陽の光が、光と影の劇的な空間を作っています。
その下の写真は日本の某空港の待合室です。このような無機的な素材と光の空間がどんどん増殖しています。生活の場である保育園がこのような無機的な空間に浸食されないことを願います。

保育園では出来るだけ人工光に頼らずに、自然採光を主とした建物とするべきでしょう。そんなことは当然と思われている方も多いと思いますが、どうでしょう、知らず知らずのうちに園舎の蛍光灯が昼間から全部ついているようなことはありませんか。時にはその一部を、あるいは全部のスイッチを切ってみて下さい。園舎の中に今まではなかった光の濃淡が現れ、太陽や時間の流れを感じることが出来るかも知れません。


残念ながら、保育園で「色」がうまく使われている例はまだあまり多くないようです。特に単純で人工的な色は、子どもや保育者を美しく見せる背景とはならず、調和しにくいものです。原色に近いような強い色を使いたいときには、質感を大切にして下さい。大きなのっぺりとした壁をペンキで赤く塗ったものと比べて、土壁に顔料を加えて塗ったものや、赤く染めた布を張ったものの方が、より複雑な表情を持っています。この複雑さが、色の味を引き出します。予算の関係で、壁をペンキで塗る場合には、なるべく多くの色のパレット(色見本帳)から、複雑な、すてきな色を選んで下さい。私たちが色を選ぶときには、何千色ものなかから選ぶのです。どんな素敵な色を選んでも色はほとんど同じ値段なのですから。
伝統的な和風の建物には様々なヒントが隠されています。日本人の髪の色、目の色、皮膚の色、これらを引き立たせる着物の色。そしてそれと調和する建物、町の色があります。
古来より人は、自然の中から様々な(色)を抽出し、自らの衣服や住居や環境に取り込んできました。さまざまな民族や地域の文化は、固有の色彩を持っていました。色彩は、人々の情感に強く訴えかけます。人々は喜び、怒り、悲しみ、恐れの気持ちを色に託してきました。
環境の人工化に伴い、無味無臭、無彩色の世界が広がりつつある現代、私たちは、鮮やかな色彩の復権を願っています。

象の福祉に戻る

ガサガサ、ゴソゴソ
草や土の感触や匂い
パン焼き釜の土はツルツル、スベスベ
こどもたちは水も大好き
障子と畳
時の移ろい、光の移ろい
和の室内
モダンな竹
夕日を受けて 土壁が光を優しく受けとめる
リッサニ市場の光と影
無機質な空港の待合室
ウガンダの人々と色